攻撃性の上手な運用についての小考察。

先日、アニメ関連の著述で高名な氷川竜介氏が、Facebookで「多くの相手を敵認定してぶっ飛ばすより、味方を増やしてゆく戦略論で振る舞いたい」という意味のことを述べられており、なかなかに感銘を受けた。ただ、これが自らの影響力を増し、ひいては世界を動かしてゆく為の唯一の戦略論であるかというと、しかし、そういうコトではない筈だ。典型的なのは、氷川氏と並び称されるに値すると個人的には考えている、これまたアニメ関係では高名な著述家・小川びい氏の戦略論である。氏はむしろ、積極的に多くの相手を敵認定して、まさに「ぶっ飛ばす」ことで影響力を増して来た人物である。この氷川、小川両氏の戦略性の差異は、恐らく主にその元来の資質の差に依るものなのだろうと思う。他人との友好や相互肯定を重視するのか、否定や断罪から入るのかという性格傾向の差異である。ただ、ここで重要なのは、小川氏と謂えども、無差別に誰彼構わず喧嘩を売っていたわけではないと云うコトだ。自分にプラスの評価を与え、その立場の定位を行ってくれるような相手には決して噛み付かないという分別があったからこそ、現在の小川氏の高く評価された立場がある。叩くのは、自分の損得とは直接関係なく、しかも多くの人から見て公然と間違っていたり程度が低かったりする相手に限定されて来たというワケだ。こうした世間の「悪者」や「邪魔者」を積極的に叩いて行けば、「悪いものを叩く」と云うコトから本人は「善玉」認定されるという結果が得られ、その結果、本人の評価は加速度的に高まってゆくという戦略論である。要するに何が言いたいのかというと、成功のカギは、友好性やその背後にある自己肯定性だけではないと云うコトだ。排他性や攻撃性、悪意といったものも、上手に運用すれば、世の中で成功して行く為の絶好の資質となり得るというのは事実である。最近個人的には、友好性、善意、自己肯定ナドが社会的成功の必須の要件であるかのようにしばしば喧伝されていると感じて違和感を持っていたので、そうではない資質の持ち主にも成功の芽はあるモノだ、というコトに少々注意を喚起したくて、このような稿を記した次第である。